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ひょうたん美術館 [芸術]
茨城県 小美玉市小岩戸にあります
ひょうたん(瓢箪)美術館です!
ひょうたん美術館正面入口
↓
先代が、全国から古い時代の瓢箪を集めたものだそうです。
古い時代の瓢箪が 4,000点、とか
瓢箪の「皿」や「掛け軸」「火鉢」「花籠」「徳利」など集められてます!
また、刀剣、武具、陶器などの美術品も蒐集も!
平成の瓢箪です、新らしい時代の瓢箪は少ないようです!
瓢箪の置物など、いろいろ作られてます
瓢箪の暖簾
敷地内の「土蔵」や「倉」には、貴重な美術品等の展示が!
土蔵・倉などの展示物は 撮影禁止です
敷地内の四足門
二宮金次郎
瓢箪の栽培や瓢箪の作り方などを教わって来ましたので、
今年の夏の日除けに「瓢箪」に挑戦します。
ひょうたんの苗は、5月売られるようです!
アマルフィ(映画)を見る [芸術]
本日久しぶりに、日比谷のスカラ座に映画を見に行きました。
イタリアを舞台に繰り広げられるサスペンス超大作
「アマルフィ」 という映画でした。
「織田裕二」主演の映画で
全編イタリアロケの
フジテレビ開局50周年記念作品です!
映画の感想は、省略します
彫刻通り(その4) [芸術]
東武東上線 高坂駅西口の野外彫刻ギャラリーの紹介
故高田博厚氏の彫刻32体が、1キロ(彫刻通り)にわたる
歩道上に展示されています。
海 (1962年) ↓
在 No1 (1980年) ↓
作者コメント: 「主よ、日は傾き夕暮れが迫ってきましたから、どうか私たちと共にいてください…」「ルカ伝」の中の、イエスが復活して弟子たちのところに現れ、食事を共にした祈りの弟子たちの言葉である。
在 No1 ↓ 夜 の 姿
大 地 (1978年) ↓
憩 う (1976年) ↓
作者コメント: マイヨルは「形」を再発見した。彼はそして「自然」の中から「思想」をくみとる。それの純化したのが「形」なのである。
憩 う ↓ 夜 の 姿
彫刻通り(その3) [芸術]
東武東上線 高坂駅西口から1キロにわたる「彫刻通り」の
野外彫刻ギャラリーの紹介!
「遠 望」 (1981年) ↓ この作品には、作者のコメントありません。
高坂駅西口ロータリーに立つ作品、この作品の正面の通りに32体の彫刻が設置されてます。
ア ラ ン (1932年) ↓
作者コメント: 彼は、モンテーニュやゲーテの直系子孫なのである。「哲学とはもっとも深い意味において自分を見出すことである。人間の連続を」
パ ラ ス の ト ル ソ (1964年) ↓
トルソとは、イタリア語で「胴体」の意味
作者コメント: パラスはギリシア神話のマテネ女神の別名、ホメロスの物語ではいつも「パラス・マテネ」と呼ばれている。
← うしろ姿
パラスのトルソを夜撮影したもの ↓
男 の ト ル ソ (1973年) ↓
作者コメント: 「ベルヴェデレ」の首も腕もない一つのトルソは「ラオコーン」の身振りが説明するよりももっと真に自由に「人間」を示している。ミケランジェロはそれを知り、彼の作品でそれを私達に教えてくれた。
← うしろ姿
←夜の姿
彫 刻 通 り(その2) [芸術]
東武東上線 高坂駅西口前の道路は、「彫刻通り」と称し、
「彫刻の野外ギャラリー」となっています。
故高田博厚氏の彫刻32体が、昭和61年、まちづくりのシンボルとして
設置されたようです。
空 (1978年) ↓
作者コメント: 直立像が両腕を持つ場合、その位置の決め方がいかに難しいか。マイヨルはそれに苦心した。彼は、直立姿勢に彫刻本質を感じ、一生をかけた。
空 (1978年) ↓ う し ろ 姿
空 ↓ 夜 の 姿
ポール・シャック (1961年) ↓
高 村 光 太 郎 (1959年) ↓
作者コメント: 日本の彫刻界で彼のように聡明確実な腕をもった者は一人もいなかった。その上彼の世間を相手にしない孤高な魂はそれに気品を与えた。彼は木盆にヴェルレーヌの詩「われは選ばれたる者の怖れと喜びを持つ」を原語で自ら彫りつけたいた。
高 村 光 太 郎 ↓ 夜 の 姿
在 2 (1982年) ↓
←うしろ姿
在 2 (1982年) ↓ 夜 の 姿
作者コメント: 彫刻が真の「彫刻」でありうるのは、あらゆる芸術作品に共通する一つの普遍性、形而上なものが「形」を通して内奥からにじみ出ている「存在」であることだけである。
在 2 ↓ 夜 の 姿
彫 刻 通 り (その1) [芸術]
東武東上線 高坂駅(東松山市)西口からの道路が「彫刻通り」と
称され、彫刻の野外ギャラリー となっています。
高坂駅西口から、ほぼ直線の約1キロにわたる道路の両側歩道に、
故高田 博厚氏の「32体」の彫刻が設置されており、
各彫刻には作者のコメントが添えられ作品を一層引き立たせています。
高坂駅から見た、ほぼ直線の両歩道に32体の彫刻がありました。 ↓
女 の ト ル ソ (1965年) ↓ 正面から
作者コメント: 首も手もないトルソの美しさは近代の発見と言えよう。昔は「美に対する観念」というより、むしろ芸術品を求める注文主が「完成姿態」を要求した。しかし、発掘された古代作品が、首や腕のない時、より本質の「美」を示していることへの感覚的知恵を近代人に与えた。
← うしろ姿
女 の ト ル ソ ↓ 夜 の 姿
水 浴 (1969年) ↓ バックの建物 高坂駅
作者コメント: ことばの「身振り」によってではない。内面の思念が要約凝集されて、もっとも簡潔に一元化して「存在」している。これが真の「形」なのだ。彫刻とはそれ以外のなにものでもない。
← うしろ姿
礼 拝 (1982年) ↓ 正面から
作者コメント: 私がいろ家のすぐ後ろの丘の上にサン・ミセェル寺の鐘がなる。夕べの祈りの鐘である。ここの山峡の高みにあるアヌンシアータ修道院の神父が私に言ったことがある。「私は40年間この山から下に降りないで、毎日海の潮を見てました…」
← うしろ姿
礼 拝 ↓ 夜 の 姿
彫刻通りの詳細: 東松山市ホームページに記載されています。